今日読んだ本

たまにはちっとまともなレビューでも書きますか。すこし真面目すぎて恥ずかしいけれども。小説のレビューは慣れないもので、ところどころ読みがおかしい点などあるとおもいますが、あくまで個人的な感想なので、参考程度にしてくださいね、と。

  • 佐藤賢一 - 『剣闘士スパルタクス』 (中央公論新社) ISBN:4120035328
    佐藤賢一は僕の先輩なんだぜ(笑、ということで昨日に引き続き佐藤賢一を読みます。これは今のところ佐藤賢一の最新刊とのこと。大学生協にて購入。他にも佐藤賢一の本を物色してたら、いつの間にか知らない作品まで沢山文庫化されていてびっくり。この前まで4年ぐらい読んでなかったから、当然と言えば当然か。それにしても多作ですねえ。
    この本は先日の『カサエルを撃て』(ISBN:4120035328)より少し前の時代のローマを描いた作品で、ローマ2部作と言うべきか。続編も出るかも知れません。感想はと言うと、率直に言えばかなり面白いです。『カサエルを撃て』の5倍は面白い。これを読むと、『カサエルを撃て』では筋を色々と捻り過ぎたせいか求心力が失われているような気さえします。物語の筋も大体似ているので、読み比べるとおそらくそれがわかると思います。以下、ネタバレするのでまだ本作品を読んでない方は読まないで下さい。

以下あらすじ。主人公スパルタクスはローマの円形競技場で見世物の死闘を演じる、奴隷の剣闘士。ゲーム世代には「ゲームボーイの『聖剣伝説』のオープニング」と言ったほうが伝わるかも(この本ではもちろん人間同士の戦いだけど)。スパルタクスは持ち前の腕前と美貌で一級剣闘士と呼ばれる名誉の座まで登りつめ、名声を得る。しかし所詮は奴隷の身、どんなに名声を得てもその心が満たされることは無かった。そしてパトロンに楯突き処分を食らったその折、所属養成所のライバルでもあるオマエノヌスとクリクススに養成所からの脱走を持ちかけられる。スパルタクスは突然の提案に面食らうが、「自由を手に入れるため」という言葉に魅かれ、その提案に乗る。養成所からの脱走は成功し、総勢74人の剣闘士奴隷が「自由」を手にした。剣闘士達は小規模な軍隊と化し、強奪を繰り返して生活する。またローマからの追っ手のローマ軍を撃退しているうちに、評判を聞きつけた近隣の脱走奴隷達が続々と仲間に加わる。大将格のスパルタクスは戸惑うが、奴隷達の境遇に共感し、彼らを加え大規模な軍隊を編成、ローマ軍との苛烈な戦いに身を投じる。ローマ軍との戦いに勝利するたびに合流する脱走奴隷の数は増え、スパルタクスは指導者として彼らを治める立場にまで立つ。そして一時は10万の兵を率い、無敵のローマ軍を後一歩の所まで追い詰めるが、最後はローマ軍の頭脳戦に敗れる。敗北が決定的になった時、スパルタクスには円形競技場での戦いの情景がオーバーラップし、そして敵陣に一人身を投じ帰らぬ人となる。うん、以上があらすじ。
この物語では、スパルタクスの心の中で人間としての「野性」と「理性」が衝突する様子が描かれている。冒頭から、スパルタクスは「野性」、すなわち闘い、命がけの殺し合いによって名声を得る。しかし結局は指導者として人の上に立つ、という人としての「理性」の部分を十分に得ることができず、剣闘士軍団を滅亡させてしまうのだが。つまり、人は理性と野生を同時に手に入れることはできない、という歴史の定説をこの小説は具現しているということか。
はっきりとそう言える理由が、ストーリーの中にいくつか見られる。一つは指導者の立場に立った後のスパルタクスの心境の変化だ。奴隷の身分から開放されて自由になったはずなのに、指導者として君臨することで逆に窮屈さを感じている、という場面が見られる。こういったところでは、同時に剣闘士時代の回想が書かれ、闘いによって名声を得ていた昔が懐かしい、といった心境も同時に吐露されている。スパルタクスの心は、常に闘いにあるのだ。
また、脱走から行動を共にする二人の元ライバルのオマエノヌスとクリクススとの関係にもそれが見られる。彼らはわかりやすいくらいに、オマエノヌスが「理性の人」、クリクススが「野性の人」という正反対のキャラクターとして描かれている。スパルタクスは脱走当初はオマエノヌスの意見を聞いて指導者の任務を果たすのだが、ローマ軍との闘いの途中でオマエノヌスは命を落としてしまう。実はオマエノヌスはローマ軍と交戦するよりも奴隷たちを各々の故郷へと帰そうとする方策を練っていて、スパルタクスもその案に同意していた。しかしその彼が亡くなったことで、スパルタクスはクリクススの唱えるローマ攻めの案に方針を転換する。元々互いに死闘を演じ、心の奥底では信頼しているクリクススの言うこと、知らず知らずに影響されてローマ軍と交戦することになる。一時は善戦するものの、突撃を繰り返すうちに、あらすじにも書いたとおり結局はローマの頭脳戦に負けてしまう。こういったところからも、「野性と理性」といった主題が浮き彫りになってくる。
何度も繰り返すが、主人公スパルタクスは戦いの最後で敗北してしまう。そこには、そんじょそこらの戦争小説で描かれる本来の勝利のカタルシスは無い。しかし、この作品には我々に対して強く訴えかける何かがある。それは何か、といえば人間の「野性」の部分、またそれと「理性」との葛藤が余すところ無く描かれている点であろう。現代までの歴史はそのまま人間の理性の歴史と言って良い。その現代に生きる我々にとって、この小説は抑圧された野性を激しく刺激する作品、と言えるだろう。
他にも読みどころは多く、ぜひぜひ読むことをお勧めしたい本です。いつもどおりの男臭さも満載。


佐藤賢一さんは僕の先輩なのでね(もうええわ。